経営トップはしたたかであれ!~「危機」を「好機」に変える 逆転の発想~
- fixers-inc
- 2022年3月13日
- 読了時間: 10分
更新日:2023年11月3日

個人情報漏洩、製品・サービス瑕疵、会社不正、ポリティカルコレクトネス、炎上問題など、さまざまなクライシスの発生頻度が増している今、不祥事の種を持っていない企業・組織はありません。
更に、ロシアのウクライナ侵攻による地政学的リスクと経済制裁に伴う事業停止問題が、喫緊の課題としてまさに日本企業に突きつけられています。
つまり、どの企業にもクライシスが起こる可能性は必ずあり「起きたらどうする?」ではなく、必ず起きる前提で平時からの危機への姿勢や取り組みが重要だと思われます。
特に経営トップは、会社業績への責任のみならず、平時においても有事を想定した対策を行うとともに、有事の際にはダメージを最小限に抑えて早期にリカバーする能力が必然的に問われるわけです。
しかしながら、これらはあくまでも一般的な危機管理のセオリーと基本ミッションに過ぎません。
数多くの危機管理案件において私が出会った経営トップ方々の中には、クライシス後に早期にリカバリーするだけでは飽き足らず、ピンチの時こそ常人が及びもつかない実行力を発揮する達人たちが存在します。
有事を逆に好機と捉え、旧態依然とした組織や過去のしがらみや、時代遅れのシステムを一挙に排除する事に利用してしまう――。
その結果、なかなか進まなかった企業再編や事業再生をやり遂げ、逆にV字成長を図るといった、したたかで驚異的な社長が少なからずいらっしゃいました。
当初のうちは、なんでこの危機の渦中にそんな余計な事をするのかな?と私も理解出来なかった施策が、後になってみると見事な打ち手となっていた事に気づかされることが多々ありました。
我々のような凡人には及びもつかない、タフな精神構造とあくなき上昇思考を常とするトップの器は勿論ですが、先を読む判断力と類まれなる実行力を持つ社長(以下、A社長)の事例を一つのストーリーとしてご紹介します。

大型M&A
A社長は、メガブランド企業のトップとして、業界再編となる大型M&Aに挑戦し、大手競合企業(以下、X社)との経営統合に成功しました。
実質的にはX社を吸収合併したのですが、M&Aお約束の常で、形上は対等合併を装い、最大限の統合シナジー効果をアピールする目的としてX社の社長を事業運営会社のトップに据え、自身はグループCEOとしてホールディングスのトップに就任しました。
これまで数多くの企業買収案件に携わってきた私が常に実感するのは、大型M&Aは成立自体もちろん大事ですが、実際には、成立後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の方がもっともっと大変だという事です。
一言で申し上げると「統合後の真の融合こそがM&Aのゴール」ということです。
難しく考えなくとも、企業文化や組織体質、事業運営スタイルや業務管理方式も、似て非なる競合二社が突然一緒になって本当に上手くやれるのか?という話です。
実際には、M&Aの後に企業価値が本当に向上した成功率は、一説によると3割~4割程度に留まるそうです。
つまり、約7割近くが失敗するそうです。成功率はわずか2割 M&Aは失敗の歴史: 日本経済新聞 (nikkei.com)
華やかな結婚式後、同居を開始してから普段の日常生活において、初めて相手の粗や欠点が見えてきて、嫌悪感につながり破綻してしまうのは、夫婦生活もM&Aも一緒の論理です。
日本の最近の離婚率は約35%前後ですので、まだ夫婦生活の方が成功の可能性が高いとも言えます(笑)
こうしたM&Aの一般法則に洩れず、X社の統合に成功したA社長も華々しい大型合併記者会見でその手腕を賞賛されたのも一時の話・・
ここ最近は業績低迷と株価の下落に頭を悩まされていました。
理由は様々なのですが、大きな障害の一つは、事業運営会社の社長以下役員に据えた元X社の経営幹部たちでした。
その幹部たちは、これまであげてきた事業実績への自負と対等合併という建前、さらに、事業運営は任されているとの過信もあり、とにかく言う事を聞きません(笑)
業務プロセスや人事評価の改善に始まり、事業ポートフォリオの再編や新規事業導入にもいちいち反対する抵抗勢力と化してしまう始末でした。
A社長もいっその事全員解任したら楽なのにとも思いましたが、M&A時の契約条項に留任規定もあり、更には数万人規模の社員に広がる不協和音を思うとなかなか強権も発動できません。
会社崩壊の危機!

そんな折、その事業会社で不正アクセスによる大規模な個人情報漏洩インシデントが発生しました。
漏洩件数自体は、近年ではさほど多くはない数万件規模でしたが、とてもセンシティブな個人情報が含まれていたことに加え、現場サイドの不手際から公表に至るまで数週間以上も要したため、大炎上という悲劇に見舞われました。
監督官庁からも大目玉と行政処分を喰らい、マスコミからの糾弾とSNSでもバッシングの嵐。
お客様センターにはユーザーから罵声の抗議電話が毎日数千件・・ついには、コールセンタの複数のオペレーターさんが、メンタルヘルスで辞めてしまうほど会社は荒れに荒れました。
私も危機管理コンサルタントとして、事態発覚の当日からほぼ不眠不休でクライシス対応を主導すること数週間――。
ようやくA社長がメインで登壇する謝罪会見を成功させて、なんとか事態を沈静化させました。
さて、その記者会見の翌日、フラフラになりながらも徹夜で仕上げた昨晩からの報道分析レポートと、更なる事後対応の提案資料を持ってA社長の執務室に馳せ参じました。
ところが、ここ数週間ともに会議を重ね、私以上にフラフラのはずの対策委員会の役員・幹部層のメンバーの方々は誰もいません。
昨日の記者会見を受けての早朝から危機管理会議の大詰めのはずが、何故か執務室は人払いされて、私とA社長の二人きりです。
怪訝に思いながらも、記者会見の効果測定と次に出すべきメッセージを相談しようとする私にA社長がこう言いました。
「後の対応はもう君たちに任せるので、それより相談があります」

人事異動は突然に・・
「事業運営会社の社長以下2名に、今度の株主総会で辞めてもらう事になりました。来月の頭に開示します」
えー!!!!????
ようやく謝罪会見で事態沈静化の兆しが見えたばかりの、昨日の今日ですよ?
あっけに取られた私を横目に、A長は「私がホールディングスの社長だけでなく、当面は事業会社の社長も兼務します」と断言されました。
もちろん、CEOとCOO兼務は有事や急場においてはあり得る体制ですが、昨日の今日、なによりも、このクライシスの渦中ではかなり勇気ある決断となります。(何度も言いますが・・)
もちろん、私の方からも様々なマイナス要素を伝えて、やんわりとお止めはしました!
この大型不祥事の最中の事業会社の社長交代は、すなわち引責辞任と取られることは当然です。
そうなると、今度はホールディングスのA社長へも責任追及という余波が及ぶのはもちろんです。
何よりも、まだこの騒動の渦中にある従業員にとって有事の経営体制変更は、更なる動揺と心理的負担になりかねません。
つまり、相当多くの批判は覚悟しなければならないということですが、A社長はそれでも全く動じません。
私も危機管理コンサルタントとして今後を担っていく責任があるので、経営体制変更の理由について、このタイミングでどう説明するのか?という肝心要の質問をさせていただきました。
「そう言うと思ったから、真っ先に君を呼んだんだ。その対外的な理由付けと、上手いメッセージを先に考えてもらいたくてね。それから当人たちや社内を切得するので。兎に角もう決めたので。今やる事がどうしても必要なんだ。もちろん、後の全責任と批判は私が受けるから。」
そこまで経営トツプの重い決断を伺えば、もちろん私は黙って承るしかありません。
しかしながら、心の中では「なぜ今このタイミング?当人たちはもちろん、社内幹部にもまだ伝えてないのね!!??」と驚くのみでした(笑)
取り急ぎ辞去する際にふと気になったので、最後にA社長へ敢えて問うてみました。
「社長、因みに何時、これを決断なされたのですか?」

泣く子も黙るしたたかさ
社長がニヤリとされた笑顔を今でも忘れることが出来ません。
「正直に言うと、実は今回のクライシスの報告を受けた日かな!ピンチの時こそが、最大のチャンスというでしょ!?」
決して表立っては言えない経営トップの本音を聞いて、私は身震いしました!
あんなに深刻な危機対策会議の最中、全員が深刻な議論を交わす中で、A社長は一人そんな先の事を考えていたということに驚かされたのです・・。
翌月、予定通りこの社長交代が開示されましたが、このお話はこれだけでは終わりません。
実は更なる後日談があります。
買収した元X社の経営陣を一掃して経営と業務執行の全権を掌握したA社長は、恐るべきスピード感で矢継ぎ早に様々な大改革を打ち出し始めました。
例えば、そのメガブランド企業の祖業であるアナログ事業を分社化して、あっさり海外ファンドへ売却してしまいました。
その事業とは、DXの時流に取り残され、売上高は多いものの、ぎりぎり黒字の状態で会社全体の利益率と業績を大きく引き下げる長年の重荷でした。
それでも、メガブランドの礎として創業家や古参社員の思い入れが大変根強かったため、長くアンタッチャブルな存在として、歴代の社長らも決断を下しあぐねていたのです。。
それが遂にこのタイミングにです。(まさにご英断の一言です)
また、同社の中核事業の一つに全国にFC(フランチャイズチェーン)で500店舗を展開する有名小売店チェーンがありました。
古くからの人気ブランドとして、高い知名度を誇るものの、既に開業して数十年経過している店舗が多く、ショップ内装や外観サインも老朽化していました。
こちらも手を出しあぐねて数年間も寝かされていた喫緊の経営課題でしたが、なんとA社長は、これも大胆に、一挙に全店舗の改装とリブランドの着手を宣言し、本社がFC店舗の改装費用も一部を負担するという大型投資をお約束されました。
しかも、それは大型クライシスによる業績への影響で大幅赤字を計上した、その年の決算発表会見の場で大々的に発表されたのです。
これが如何に勇気ある経営判断かお判りでしょう。
大型不祥事で社会的非難を浴びた後、顧客の離反による業績低迷で赤字決算となり、株主からもバッシング受ける逆風下での大規模事業投資の決行です。
これら一連のA社長の強気の経営改革に対しては、もちろんマスメディアやアナリスト、株主からも散々心配され、数多くの批判を浴びました。
危機のダメージ冷めやらぬ最中に事業会社のトップを切って自ら就任するわ、祖業であった事業はあっさり売却するわ、更に悲願であった傘下全国チェーン店舗の大規模改装という投資に踏み切るのですから、まさにやりたい放題に映りますよね(笑)
当時、A社長の退陣論も社内外で巻き起こったことは言うまでもありません!

華麗なる結末
さて、時計の針をそれから2年後の同じ決算発表会見の場に進めます。
なんとA社長は、大型クライシス発生からわずか二年目となるその年、創業以来最大の売上高記録更新とともに、不祥事前の1.5倍となる業績黒字を堂々と発表していました。
それまで過去2年間、同社の経営不振と再生への懸念を、A社長の失策に重ねて散々批判してきたマスコミが、まさに手のひら返しで、その好決算を大々的に報じました。
もちろんその内容とは、A社長をV字回復の立役者、辣腕経営者として褒め讃えるものであったことは言うまでもありません。
当日の決算発表の戦略とストーリ立案を任され、現場で成り行きを見守っていた私は、記者会見の最後のシーンを見逃しませんでした!
A社長は、ひな壇を退席する際に一瞬だけコチラを向きながら、確かにニヤリと笑ったのです。。
そうです、2年前のあの執務室の時と全く同じように!

「ピンチこそチャンス」
いかがでしたか?今回のA社長の物語。
危機発生当初から、頭の中で「有事の後」にゴール設定を一人変更し、3歩先を読んだ手を次々と打ち始めるような経営トップには、まさに脱帽です。
しかし、A社長の大胆な改革(社長交代、祖業売却、大規模店舗改装投資)は、逆に有事のクライシス時だからこそ、実現・実行出来た事がよく判ります。
平時では、いろいろなしがらみで現状を変えたくない旧体制の抵抗勢力、立場が異なる多様なステークホルダーらが、大胆な改革や痛みを伴う再生戦略に反対・抵抗することは稀ではりません。しかし、大規模クライシスで会社全体が揺らいでいる時はどうでしょう?
このまま行けば「下手すると潰れれるかも」という危機感が共有されれば、こんな時だからこそ、何らかの手を打たねばという賛同が得られるやすくなるからです。
したたかなA社長のように有事を逆に好機と捉えて、ピンチの時こそニヤリと笑えますか?
もちろん今回のストーリーは、あくまで実話を基にした創作で、私がこれまでお会いした尊敬すべき経営トップの、数々のリアルエピソードをまとめて加工したものです。
なんせ、守秘義務は危機管理コンサルタントの鉄則ですから(笑)
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